橋の上で。

時間は午前0時30分。
私はいつもの帰路を自転車で駆けていた。
自宅に辿り着くには橋を渡らなくてはいけない。
仕事で疲れ果てた身体に鞭を打ち、橋を渡る為の坂道を駆け上がった。
右手は国道。まばらに車が突き抜けていく。
歩道には人の気配が感じられなかったが、何かの物体が歩道に落ちているのに気付いた。
それは人間だった。
近づいてみると50代くらいの男性。生きていることを全く感じさせないくたばりようだった。
私はさすがに気になって声をかけて見た。
『お父さん?お父さん?」』
へんじがない。まるでただのしかばねのようだ。
私は少し考えて、通報することにした。
携帯を取り出し、ボタンを押そうとした瞬間、あることに気付いた。
どっちだ?
110番なのか?119番なのか?
例えばこのオッサンが血を流していたり、うずくまって苦しんでいるのであれば迷わず後者であろう。
しかし今の状況ではこのオッサンが生きてるのか死んでいるのかもわからない。こういう場合はどっちなのか?
とりあえず119番して生きてたら恥ずかしいので110番することにした。
はじめての通報。電話に出た警察の人に状況を説明し始めた。
すると今までピクリともしなかったオッサンが突如呻き声を上げた。
『あ、生きてた」』
既に警察に生きてるのか死んでるのかわからないと伝えていたので少し恥をかいたがとりあえず警察からは巡回中の警官に連絡するとの返答を得た。
電話を切った私はその場に居続けることにした。
警察からは帰ってもよいと言われていたが。
理由はなんとなくおもしろそうだったから。
生きていたおっさんに声をかける。
『お父さん、大丈夫?」』
『ああおううああえああ』
宇宙人だったようだ。いや違う。酔っ払いだったようだ。
良く見るとすぐ近くにワンカップの瓶が落ちてるじゃないか。
ていうか見つけた時点で7割方酔っ払いだとは思っていたのだが。
恐るべし『好奇心』。明日も朝6時起きの私を惹き止める鮮烈なるエモーション。
くたばり続けるオッサンの横で私は警察を待つ。
たまに通りかかる人々に好奇の目で見られる。
死んだように倒れるオッサンと横にしれっと佇む貧相な体つきの男。
珍妙なカップリングを横目に人々は過ぎ去って行く。
数分後。パトカーが通りがかった。
やっと来た。車から警官が出て来た。
しかし少し様子がおかしい。どうやら通報で来たのではなくたまたま通りがかっただけだったようだ。
事情を説明。すると
『どちらに繋がりました?』
『は?』
『県警と警視庁、どちらに繋がりました?』
どういうことかというと、私がオッサンを見つけて通報した場所。
それがちょうど東京と神奈川のジャスト県境だったのだ。
通報した際にどちらに繋がったのかなんて知る由もない。
『事件ですか事故ですか?って言いました?』
それは確か言ってない。
ていうか通報した時に言った言葉なんて覚えてなかった。
『警視庁に繋がったならばそういうはずなんですよね、うーん』
ていうかさ…それは今重要な状況じゃねぇと思うんだが。
くたばってるオッサン心配するのが普通じゃねぇか?
なんだかアホらしくなったので帰りました。
結局のところ、私はオッサンが心配だったとかいうのよりも、『一度通報というものをしてみたかった』だけなんですけどね!
次の日、思いっきり寝坊しました。