ENCOUNTER〜遭遇〜

1月27日。私はいつもよりかなり早く出勤する必要があったため、朝5時45分に仕事場の最寄駅に降り立った。
私は朝食をしっかり食べないと調子が出ない性質なので、定食チェーンの松屋に入った。
丁度同じタイミングで入店した人がいたが、私は先に食券機の前に立った。丁度牛丼と豚丼の切り替え期間だったのか、牛丼のボタンは全て豚丼に切り替わっているが、全て売り切れのランプが点灯していて、選べるメニューが少ない。仕方なく牛焼肉定食と豚汁変更券のボタンを押した。
私と同じタイミングで入店した30代とおぼしき男は何故か私の後ろに並ばず、直接席に座り、店員に向かって叫んだ。
「ちょっと!おビールを2本、おくんなまし。」
おくんなまし、て…。どうやらオカマの方らしい。何故か食券買ってないのにビールがオカマの前に出される。
私はオカマと席を3つ分席を空けて座り、寒さでかじかんだ手を出されたお茶で温めた。
すると、オカマが私に向かって、
「あの、ご一緒に飲みません?」とビールを差し出してきた。
『いえ、これから仕事なのでいいです。すみませんが』と答えるとオカマは残念そうにふてぶてしく、
「そう…失礼しましった」と言い、反対側にいた男に
「ご一緒にどうですか?」とふった。
男は完全に無視を決め込んでいる。
オカマはムッとしながらカウンターを挟んで正面側にいた中年男にも同じセリフを吐いた。
「結構!」その一言で店には沈黙が訪れた。
「お待たせしました」沈黙は女性店員の声で破られる。
牛定が私の前に置かれ、私はカウンターに備えてある焼肉のたれを手に取ったところ、オカマが再度私に話しかけてきた。
「あの、おたく、魚屋さん?」
私が『いえ、違いますが』と言ってるのにも関わらず、その言葉にかぶせるように、何か声を出した。
私が何を言ったのかわからず顔を見ていると、
「あのね」
沈黙。10秒後
「河岸がね…。」
どうやら私を漁業関係者と決め込んでるらしい。違うってば。
「私ね、築地で働いてたんです。」
ああそうすか。
「河岸がね…。」
と言って何故か涙ぐみだしてしまった。
なんで泣いてんだよオイ!意味わかんねーよ!
泣いてる意味もわかんねーし河岸って言葉の意味もわかんねーよ!
「ちょっとお兄さん、話聞いてくれる?」
ああもう充分すぎるほど聞いてやってますが?
…沈黙。喋るたびに沈黙するのすげーウザイんですけど。10秒後
「ちょっと!お水、おくんなまし」
と店員を呼ぶ。話聞いてやってんのに何で店員呼ぶんだよ。
「2杯ね」
何でだよ。
「あの、私、ジミーと言います。」
いきなり名乗られた。沈黙するのは日本語を考えながら喋ってるわけか。
「私日本人ですよ。」
ウソつけ!むかついたので『どこのハーフですか?』とすぐさま聞いてやったらハワイアンだと言った。
「あのねお兄さん」
沈黙。私は肉をほおばる。
「ちょっと話聞いてくれる?」
だから聞いてるっつーの!
そして漁業関係の話を延々と聞かされたが全然意味がわからなかったのでうなづきながらとにかく私は黙々と食っていた。
「ちょっと!店員さん」
また私への話しをよそに店員を呼ぶ。
「まぐろ、おくんなまし。」
ジミーさん!?ここ松屋ですよ!?
「すいません、まぐろはちょっと…」店員さんも困っている。
「そう、じゃあ、赤身。」
まぐろだよそれも!
「赤身もちょっと…」店員さんもかわいそうに。
「じゃあ味噌スープ」
「味噌汁でよろしいですか?」
「いや、味噌スープ」
一緒だってば。
「じゃあ味噌汁で」ジミーさんもやっと折れる。
「2杯ね」
またかよ!
「ちゃっちゃと動くのよ、ちゃっちゃとね」
店員さんもそろそろキレそうだ。
「わたし今この人と話してるから」そう店員に言うジミーさん。
私は随分前から仕事に向かいたくてウズウズしてるんだが。
そしてまたジミーさんは涙ぐみながら漁業時代の話を始める。
私は話の腰が折れる隙を狙って席を立とうとした瞬間、別の国の言葉で怒鳴られた。
私はたまたま近くにいた店員さんと何をいってるのかわからず、顔を見合わせた。
『は、はい…?どういう意味で…?』
「まぁ、座って」
『ハイ…』
もう逃げられないのか。
と思った時、ジミーさんは私の後方を見て言った。
「お兄さん、後ろ…。」
ん?わたしはファーフードのついた上着を着ていたのでそれを見たのかなと思い後ろを振りかえった。
「後ろ…おばあさんが…」
はいぃぃ!?
「守護霊…」
もちろん後ろには誰もいない。怖えってば!
私は思いっきり叫んだ。
『怖ッ!』
そして私の守護霊を見たらしいジミーさんは何故か「すいません」と連呼している。
わたしは怖さのあまり大爆笑してしまった。
笑うしかねぇっつーの。
これに便乗し私は立ち上がり、
『それじゃ仕事行かなきゃいけないんでコレで。まぁがんばってくださいよ』とジミーさんの肩を叩いて店を後にしようとした。
すると「あ!お兄さん!」
これで最後だと思い、『はい?』と聞いてやった。
「お兄さん、『左側』に気をつけなさい。」
占い師だったのかよ!怖いっつーんだよ!
かくして仕事を始める予定だった時間より20分も遅れてしまったが、自発的な早朝出勤だったので、仕事場には誰もいない。
暗い仕事場に1人だったので、後ろ側と左側がすごく気になって仕事にならなかったのは言うまでもありません。